頑張って、勉強して、試験を受けて合格し、学校に入学することが目的なのか。
その学校に入学して、何を学び、それを自分自身にどう生かすのかが目的ではないのか。
頑張って、勉強して、試験を受けて合格し、資格を取得することが目的なのか。
その資格を取得して、仕事に活かし、自分自身に、仕事を通じて
社会に貢献するのが目的ではないのか。
または、結果は別として、頑張ること、勉強すること、試験に挑むことそのものが
自己鍛錬に繋がり、向上することが目的にもなることもあるだろう。
しかし、学校に入学すること、資格を取得すること、これが目的になることはないのでは。
目標となり、手段となることはあっても。
同じことが営業の世界でも言えるのではないか。
頑張って、いろいろなことを試み、ご成約頂く。
契約することそのものを目的とし、契約することだけを考える。
ここ最近、このような感じを受けることが多い。
自分自身も営業の一線に立つからには契約にはこだわりたい。
しかし、契約そのものが目的とは思わず、契約はご褒美であり、
どれだけのことをしてきたかのバロメータだと思う。
契約頂くということは、お客様のことを理解し、お客様にとってより良い進む道へ
導いてあげられた結果であり、契約が多ければそれだけ貢献できたということ。
契約頂くことがお客様のためになると信じられるからこそ契約頂くのであり、
お客様にとってどうかは考えずに、ただ、契約、契約、と、
契約することだけしか考えられないのは見ていて悲しくさえなる。
お客様のことを理解し、お客様にとってこれがベストだ信じられれば、
徹底的に営業すればいい。
それで契約できないのであれば、営業として力不足として反省すべき。
お客様にとって何が一番良いのかを理解できたのか。
自分たちの提案する内容・商品が当てはまるのか。
ご理解頂くために、これ以上ないと思えるほどの準備が出来たのか。
誠心誠意お伝えできたのか。
契約できていないということは、それだけお客様の役に立っていないこと、
幸せのお手伝いできていないことになる。
これがあって、契約を目指していいのだと思う。
役に立つ、幸せへと導くことへ、自分には何ができるかを把握し鍛錬できれば、
自然と結果は付いてくるのではないか。
契約そのものは終着点ではなく、その先にある未来への過程・通過点にすぎない。
今、売ろうとしているものをお客様が買うと、どんな未来が待っているのか、
それを数多く売ると世の中どうなるのかを理解している?それが正義だと考えている?
どれが正義だという答えはたくさんあっていい。
ただ、正義がどこにあるのかを考えていくれればいい。