ここ数年、ブログやコラムなど、文章を書くことが増えた。
最近では、誰でも知っているような会社から原稿料などを頂くこともある。
こんな私だが、子供の時から作文は苦手で、大学受験の際は、
小論文が受験科目にないところを選ぶほどであった。
“頭がいい人の文章の書き方(小泉十三と日本語倶楽部著・河出書房新社)”によると、
文章を見れば、書いた人の頭の良し悪しが分かるそうだ。
根拠の一つは、どんな作文・文章であれ、それは論理的な思考の産物で生まれるものだということ。
この本を読む前から、私には論理的な思考という面で足りないのではないかと自覚していた。
かなり前のことだが、知人に「文章が破綻している」と言われたこともある。
同書でも「論理的に破綻した文章は文章でない」と断じる。
この言葉を見た時、知人に言われたことを思い出し、今、このように文章を書いているが、
世の中の人には、こいつ“あたまわるっ”と思われているのではないだろうか。
内外問わず、セミナーや研修・会議などで、講演や講話をする機会も多いが、話は飛びまくり、
聞いている人は意味不明だったのでないかと不安だ。
(仲が良いからかもしれないが、講演を聴いた知人からは中身ないねと酷評されてしまった)
もう一つの根拠は、自分の論理的な思考をどう披瀝するかというプレゼンの技術が問われること。
たとえ立派な主張があったとしても、プレゼンの仕方が悪ければ、
相手に伝わらないし、頭がいいとはいえない。
文章だけに限らず講演でもいえることだが、相手にどう伝えるか、
これは知的な作業であり、頭がいい人は総じて上手い。
しかし、頭を良くするというのは、長い年月の積み重ねた努力があってのものであり、
そう簡単にはいかない。
では、どうすればいいのか。
同書では、以下のポイントを意識するだけで違うという。
1.書き出しでの“つかみ”
2.エピソードの並べ方
3.うまい例え話
4.すべて、主張に説得力を持たせるために有効か
細かい技術的なことは同書をお読みいただくとして、
文章を書くことは、話すことから資料作成など様々な場面に通じ、
身につけなければならないことは意識しなければならない。
これは社会生活を営むものとして、必須のことであり、
「俺は文章を書くことはない」からと逃れられるものではない。